6月11日(日)

今日は4時半の開演で劇場には3時入りなので、初めて朝ゆっくり出来た。
今日の目的はただ一つ。
「カタコンブ」
昔、ヘルツォーク監督の映画「ノスフェラトゥ」の冒頭に出ていたカタコンブの映像を見て、円太郎と「何やこれは」と大いに興味を持って調べたら、ヨーロッパにはこういうたくさんの人骨を埋めた墓地のようなものが実際あるとわかってなおさら見てみたいと思っていた。(円太郎は「ノスフェラトゥ」に主演していたクラウス・キンスキーの大ファンなのです。)
9時過ぎ、メトロにて、モンパルナス方面へ行く。地上に出るとすぐにそれらしい入り口があった。

5ユーロ払って、螺旋階段を下りていくにしたがって、徐々に温度が下がっていく。
 
どうやら最深部に到着したようだ。

狭くて暗いところどころぬかるんだ冷たい空気の中を歩く。
いつの間にか僕の前にも後ろにも誰もいなくなった。
一人だが、不思議と恐怖感はない。

いよいよ入り口に来た。ほかの訪問者と出くわす。
入る。
壁にぎっしりと積まれた骨、骨、骨、そして頭蓋骨。
 
 

 
これだけ大量にあると神妙にはなるけれど怖くはない。
延々と続く骨に見守られているような長い通路。
時々天井から滴るしずく。

約600万人分の骨がここにおかれているのだそうだ。墓地を整理したときの行き場をなくした無縁仏の遺骨らしい。
後で聞いた話だが、数年前にフランスを襲った、猛暑の時にはここがおおはやりだったそうな。フランスには冷房が殆どない。
「ノスフェラトゥ」のカタコンブは人体の形をしたものもあったので、もっとショッキングだった。
螺旋階段を上って、暑い地上へ出る。

出口で呼び止められて、何かを見せろと言うので切符をチェックするのかと思い「チケット?」と言うと、僕のリュックサックの中を見せろと言っているようだ。骨を持って帰る奴がいるのだろうか。かばんを開けて中を見せる。

外へ出て、小さな食料品店で、アイスクリームを買ったが、何の変哲もない棒状のアイスが、3ユーロ(約430円)もしたのには驚いた。

地図を見ながら、モンパルナス墓地へ行く。
 
豪華で個性的な墓石ばかりだ。どれ一つと同じものはない。
しかし今日は死に関するところばかり行ったことになる。
ベンチでしばらく休んで、モンパルナス駅周辺をうろつくと、なんかにぎやかな通りがあったので寄ってみた。
路上でダンスパフォーマンスをしていたり、テントで美術作品を披露したり、そうか今日は日曜日だったのだ。
 


時間がなくなった。
メトロでホテルに戻って、マクドナルドのハンバーガーを食べて劇場へ行く。

まずはスタッフと再会の握手。
お七を飾って舞台でお決まりの写真撮影。遠くにいた照明のボスも呼ぶ。
元照明で今は舞台もしているフランソワさんがふざけてやぐらに登る。
 
持参したTシャツの残りと僕の舞台下駄のキーホルダーなどをプレゼントする。
ジョエルさんが僕たちスタッフに「どこにも行かずにここで待っていてくれ」といって、ワインを下さった。
ジョエルさんの名前と同じ「SIMON」と言う銘柄のワインでなんかいわれがあるのだったが、忘れた。ごめんなさい。
ジョエルさんに渡すTシャツがなかったので西口君が着ていたXLサイズのをプレゼントした。
僕も、たまたま着ていたLサイズのTシャツをフィリップさんにプレゼントした。少し汗臭かったが、、、まるでサッカーの試合の後のようだ。
そのうち、大道具の一人が、来いというのでスタッフルームに連れて行かれた。
そこでまた、僕たち4人はスタッフからワインをプレゼントされた。
固い握手で感謝の気持ちを伝えると共に、今日で千秋楽となる寂しさをも分かち合った。
後2,3日仕事があればなぁと、切に思った。
仕事上の出会いだけでは済まない「何か」で結ばれているのだと思う。文化が違うからなのだろうか。

開演までの時間を廊下で待つ。
どこかの本で、外国へのお土産には花札が喜ばれると読んだので、僕は1個持ってきていたのだが、ジョエルさんにプレゼントした。
ジョエルさんは時々日本語を話される。とても興味があるようだ。


廊下にはいろんな落書きがある。
僕も例に漏れずに僕の紋を書き込んだ。
ここのスタッフが日付を入れないとわからないと言うので下に「2006 6 11」と書く。
西口君たちも書き込む。


 (2枚西)

4時半を少し過ぎて最後の公演が始まる。
今日も満員。
時間を見計らっては、客席に行き写真を撮る。

休憩時間の様子。
 
客席と舞台が同時に見られるのも不思議な光景だ。
舞台では誰かの子供が遊んでいた。写真を撮ってあげると日本式にちゃんと礼をしてくれた。

カーテンコールも盛り上がって、6時半頃、閉幕となった。
すぐにバラシが始まる。途中で、打ち上げが始まったので手を止めて僕たちも参加する。
簑助さんがフランス政府から賞を貰われた。

ビールやらワインやらで体が火照るまま、ばらしてはトラックに積み込む。
ボテ関係は廊下にまとめておいて、ジョエルさんに明日の日本へ向けての荷出しをお願いする。
中司君は例によって、何人かのスタッフの住所を聞いていた。
焼酎を送るつもりのようだ。

8時、すべて終了。トラックの運転手とも握手をして別れる。
中司君はこれも例によって、運転手に日本のタバコをプレゼントした。タバコ吸いはこういうところに気が利くからうらやましい。
僕が着ていた円太郎がペイントした「酒呑童子」のTシャツをヴィンチさんにプレゼントした。
後でヴィンチさんに聞いた話だが、僕たちのバラシにかかった時間は正味1時間ちょっと、この速さにはここのスタッフがとってもおどろいていたのだそうだ。
そして僕たちとの出会いや、日本文化を思い出す今夜は感動で泣くかもしれないともらしていたそうな。

舞台では仮設のバトンや緞帳などを撤収していたので、もう一度駆け寄って握手をして、別れる。
外へ出るとやはりまだ明るい。この自然現象にまだ慣れない。
今日は田原さんのご招待で「クスクス」を食べるのだ。
ホテルに帰って、シャワーを浴びて、タクシーでパリで一番「クスクス」がおいしいと言う店へ行く。
予約は取らない店なのでやはり満員。2,30分待つ。
(西)
このクスクスには因縁がある。
以前フランスで文楽公演をしたときに、西口君と山添君がどこかのクスクスのうまい店に連れて行ってもらい食べたところどうにもこうにも受け付けず、殆ど残したと言う代物だったのだ。
それを聞いていた中司君もいやだと言っていたのだが、とりあえずクスクスに挑戦してだめならほかのメニューにすることになっていた。
ところが来た料理を食べてみたらおいしいこと、おいしいこと。ご飯代わりのような小麦を蒸したものだけでも食べられるのだ。
彼らが食べたかつてのクスクスはいったいなんだったんだ。
 (西)

デザートのケーキもボリューム満点。
 (西)
食べ終わって僕たちはヴィンチさんの愛車「カングー」で夜のパリ観光に連れだされた。
エッフェル塔の真下で涼しい風に吹かれながらしばらく「おのぼりさん」になる。
 
モンマルトルの丘にも登った。
そして映画「アメリ」の舞台になった「カフェ・デ・ドゥ・ムーラン」に寄って休憩する。
西口君と山添君は写真を撮る。

1時頃ホテルにつく。ヴィンチさんに感謝。
ヴィンチさんのホームページのアドレスです。Vinci Sato